2013年8月26日月曜日

#1 『ヘレン・ケラーはどう教育されたか』1887年3月6日



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 アン・サリバン(当時21歳)は約半年間の準備期間を経て、はじめてヘレン・ケラー(当時6歳9ヵ月)とあうこととなった。サリバンが熱い期待のもとこの日を向かえたのと同様に、ヘレンは前々から見知らぬ存在を察し、手に負えないほど興奮していた。サリバンは、興奮したヘレンに気おされることなく、注意を腕時計に向かせることによってその場をおさめた。ヘレンが彼女に与えた印象は、当初想像していた青白く神経質な子供とは真逆であった。気取って帽子をかぶることや、体格が良くたえず活発に動くところから身体的に健康である印象を与えた。事実、ヘレンが聴力と視力を失った日以来、病気にかかったことがないもようだ。一方、めったに笑わず、母親以外の愛撫を拒むような精神的にふさぎこんだ部分や、短気さやわがままさのような一面も兼ね備えていた。これらをふまえ、サリバンは短時間である方針を固めていた。
  1. 課題:ヘレンの気質を損なわずに訓練し、制御すること。
  2. 方法:時間をかけ、ヘレンの愛情を勝ち取る。
  3. 必要条件:正しい意味での従順さを求める。

 以上の3点である。そして、すぐさま行動に移すこととなった。ヘレンが贈り物の人形(パーキンス盲学校の少女たちからのもの)を見つけたとき、彼女の手のひらに、ゆっくりと指文字でd-o-l-lと綴ったのである。このときのヘレンには物の名前という概念は乏しく、連想させる記号という方が近いと思われる。事実、c-aから始まる綴りから条件反射的に彼女に連想させるのが好物のc-a-k-eであった。ただし、これは現状でのヘレンの認識であり、決して理解力の欠如とはつながらない。その例として、ビーズを糸に通す仕事でのできごとがあげられる。それは木のビーズ2個とガラスのビーズを1個置きに糸に通す作業であるが、素材の違い、通す順番をすぐさま理解し、驚くほど早く通し終えた。また、サリバンがビーズが落ちない十分な結び目を糸に作らず、ヘレンにその糸を与えたときは、糸にビーズを通して結び、ビーズが落ちないように問題を自己解決した。このことから、サリバンは彼女の賢さを知ることとなる。

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 サリバン先生の教育方針からすると、ヘレンのよさをのばしていく「導き」という印象を強く受けます。そのために、ヘレン自身のことはもちろん、家族のこともすごくよく観ています。ここでいうヘレンのよさというのは、好奇心旺盛で茶目っ気があり、活動的な気質のことです。たとえ、読み書きや人並みの生活をおくることが目的であったとしても、この気質を失うことはケラー夫妻もサリバン先生も、そしてヘレン自身望むことではないと思います。ですから、方針のひとつ目に掲げたのではないでしょうか。また、ゆっくりやりはじめて、ヘレンの愛情を勝ち取るということは、ケラー夫人の愛情が彼女に届いているということが前提となります。仮に、ケラー夫妻が愛情とはほど遠い「放任」という形でヘレンを甘やかしていたとするならば、サリバン先生が愛情をもってヘレンに接していることが、彼女に伝わるまでに多くの時間を費やすこととなったでしょう。そして最後の従順さをもとめることにおいては、兄ジェイムズの存在が大きかったと思います。彼は唯一ヘレンに対抗する存在であり、彼女のなかに「思い通りにならない何か」という概念を与えたことと思います。ただの暴君ではないということは、サリバン先生の考える「正しい意味での従順さ」を求めることの手助けとなったことでしょう。
 サリバン先生がこのような導きという考えに至った経緯には、彼女がヘレンの「看る世界」を経験したことが、少なからず関係していると思います。サリバン先生自身、子供の頃に目の病気をわずらって、ほとんど全盲になったことがあるのです。このことが、先入観をもたずにヘレンと接し、より多くの感情共有や意思疎通を行うきっかけを与えたのではないでしょうか。



note...
  • アン・サリバン_当時21歳。約半年間の準備期間中に、ローラ・ブリッジマンの教育にあたったハウ博士の報告書から学んだ。(p.10)
  • ヘレン・ケラー_当時6歳9ヵ月。1歳8ヵ月のときにかかった重い病気のために聴力と視力を失い、このときまで何の教育も受けずにおかれていた。(p.10)
  • 私は熱い期待のために歩けないほどからだがふるえるのを一生懸命おさえようとしました。(p.11)
  • あの子は、われわれが誰かを1日中待っていることをずっと前から知っていました。(p.11)
  • ヘレンの顔は、ぽっと赤くなり、お母さんがバッグをとりあげようとすると、ひどく腹を立てました。(p.12)
  • 彼女が気取って私の帽子を斜めにかぶり、それからまるで目が見えるかのように鏡の中をのぞくのは、とても喜劇的でした。(p.12)
  • 大きくて丈夫そうで血色もよく、子馬のようにたえず動いて、じっとしていることはありません。(p.13)
  • 顔つきは知的ですが、でも、動き、あるいは魂みたいなものが欠けています。(p.13)
  • 彼女はめったに笑いません。(p.13)
  • また、反応がにぶく、母親以外の人に愛撫されるのが我慢ならないようです。(p.13)
  • 兄のジェイムズ_ヘレンに唯一対抗しうる存在。
  • ★彼女の気質をそのなわずに、どうやって彼女を訓練し、制御するかがこれから解決すべき最大の課題です。私はまずゆっくりやりはじめて、彼女の愛情をかちとろうと考えています。力だけで彼女を征服しようとはしないつもりです。でも最初から正しい意味での従順さは要求するでしょう。(p.13)
  • 彼女の休憩を知らない魂は暗黒のなかを手探りしています。(p.14)
  • うなずくことはあげるという合図なのです。(p.14)
  • 私は、また指文字をくり返して綴りました。(p.14)
  • ★あなたは、c-aという二つの文字が、金曜日の「授業」を彼女に思い出させたとお考えでしょう。でも彼女はケーキが物の名前であるということは全然わかりませんから、それは単なる連想だと私は思います。(p.15_16)
  • 私はケーキをもってきてほしいときへ彼女がするのと同じ身振りをして、彼女をドアの方へ押しやりました。ドアの方へ歩きかけて一瞬とまどったようですが、それは行こうか行くまいかどちらにしようかと考えたようです。そして、彼女はかわりに私を行かせることに決めたのです。(p.16)
  • はやく、事実はやすぎるくらいに、糸にビーズをいっぱい通しました。(p.17)
  • でも、彼女は糸にビーズを通してそれを結んで、自分の力で困難を解決しました。(p.17)

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